「構成力の欠如、感受性の過剰、瑣末主義、無意味な具体性、低次の現実主義」(「女嫌いの弁」)三島由紀夫
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11179318366
子育てしづらい社会を作る女性たち
産婦人科か婦人科に乳幼児(男児)を抱えた女性が来たら、他の女性がぶち切れいる話があった。
何でこういうことが起きるかというと男嫌いが日本のフェミニズムの原点だからである。
日本のフェミニズムは男嫌い
日本のフェミニズムの原点は男嫌いである。だからどんな話でも最後は全て男が悪いと結論づけられる。
男女以外の性が出てくると混乱する。理論上は存在するがフェミニズムは男女以外を想定していないためである。LGBTとは相性が悪い。
男児は男か?~本当は「母親」が嫌い~
ここで問題になるのが母親と男児の組み合わせである。男嫌いをこじらせているため、男性器が付いている人間は全部男という扱いになる。女性が入る場所で男児がいると嫌悪感を示す。いや普通母親と子供(男児)は同じ枠だろうと思うのだが彼女たちは違う。男嫌いを正当化しているのが日本のフェミニズムである。
もっと先に母親嫌いがある。母親とは子供に対して責任を持つ存在である。日本のフェミニズムがこの母親を無視していることである。スープストック事件が非常に分かりやすい。おまけで子供も無視している。子供と母親が出てくるとおかしな事になる。
フェミ理論の基礎
日本のフェミニズムは男嫌いであると先に述べたが、さらに責任嫌いでもある。この理論は母親という立場を想定していない。母親になると自動的に責任ある立場になる。しかし責任回避をするというフェミニズム理論と矛盾が生じる。なぜ矛盾を想定していないかというとフェミ理論の人が母親になっていない(想定していない)からである。
ある程度の女性なら母親になって時点でフェミニズムの矛盾に気がつく。働けば男に頼っていることをに気がつく。つまり責任と男に対する認識がある程度是正されるのである。

