AED論争に決着~テレビ言論人の資質とは~

 

テレビ言論人は何を言うべきか

AEDと疑われたら終わり

AED論争で訴えられたことはないという話があった。しかし実際に訴えられた事例が発見された。これはえん罪として扱うケースである。

これが酷いのは和解で決着。つまり男性側に落ち度があったということらしい。

訴えたのは本人ではない。つまり周りの人。やばい範囲は周囲まで含める必要がある。

恐れが自粛の引き金に

ただ問題はそこではない。

実際にあったかどうかではなく、そういった恐れがあることが重要である。

近いものとして言論の自由がある。雰囲気が出来た瞬間に自粛になる。これが怖いのである。

田原総一朗の技術

それを理解していなかったテレビ言論人が問題なのである。予測できるほど不信感が募っている状況で、あえて逆張りするならそれなりの能力が必要である。

空気を読むではなく、そういう実態を把握して、なおかつそれに乗って何かを言う必要がある。

女性保護=男性差別(疑われたら終わり)という構造を理解していなけらばならなかった。その上で防火服を着て逆張りするのが正しい姿である。これはテレ朝が上手くやっている。

 

良きサマリア人の法はない

 

 

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