見えなくなった戦争と日本の平和教育の問題点

 

戦争反対は第二次大戦のみ

現在の戦争はすでにサイバースペース(インターネットね)になっており、日本の某大手通信社もアメリカが危ないよと指定した某中華製を使っている。この製品はアメリカ市場からは排除された。米国は大統領がトランプからバイデンに変わったらより強気になっている。

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見える戦争(象徴)が消えた

日本の平和教育の土台が第二次大戦と冷戦が前提だと思われる。今の戦争はサイバースペースで、かつての戦争のように見えない。せいぜい核兵器くらい。ああ、だから脱原発にシフトしたのかもしれない。

再エネで電気代がすごいことになることは予測済みで、庶民と工業に大打撃になる。例えば電気自動車が普及すると電気が足らん。トヨタの社長というか自動車工業会会長がそのあたりを指摘していた。

時代と認識の変化

かつて日本の戦争史を見ると日本が第二次大戦に行く前の認識は日露戦争で止まっていた。もちろん一部の軍人外交官は世界を見ていたので気がついていた。第一次大戦から戦争の形態が変わり、総力戦になり以前のような「牧歌的」な日露戦争とは形が違ってしまった。この認識のままで第二次大戦へと移行した。

古代中国に『孫子の兵法』というのがある。これはかつての牧歌的な戦争から新しい時代の戦争に向けた解説書である。呉越戦争で戦争の形態が変わってしまった。

新しい時代の新しい平和教育

平和教育と言っている人たちが古すぎて現代に対応できていない。さらに庶民はそれどころではない。そのあたりを問題点として把握していない人が平和教育改憲論もね)を語る時点で「無能な味方」になっている。

 

平和教育がスパイ活動になってないか?はわからない。